「よう、俺がいなくて寂しかったか?ハニー」




 遊矢の契約が解けてから1年ちょっとたった。当時まだ1年だった遊矢達も2年になり、あと数ヶ月すれば受験生と呼ばれてもおかしくない歳になる。
 過ぎたばかりのバレンタインデーには雪子や律乃、美樹に加え、後輩となったゼルフィからもチョコを貰った。ほかにも演劇部の面々やら、巫女さんやら、あとは名前も知らない生徒からも貰った。
 さすがに男子から貰ったときは、大分落ち着いた心の制御も危うかった。ちなみに、パニックになって半泣きの遊矢を見た雪子がいじめられていると勘違いし、相手の男子生徒に蹴りをいれ、事情を聞いてさらに半殺しにした。

 心の制御にも慣れ、雪子と付き合うようになった遊矢の生活はまさに順風満帆といえた。雪子と付き合っていることに嫉妬する男子は消えなかったが、雰囲気の変わった遊矢には男友達ができた。
 楽しい1年だった。雪子とデートしたり、友人と遊びに行ったり、演劇部にも正式に入部して公演を行ったりした。充実した日々だった。強い感情にたまにメーターが振り切れて倒れたりもしたが、それすら楽しかった。
 
 だけど、望みがかなったはずなのに、これが望んだ世界のはずなのに、遊矢の心には空白があった。笑っていてもたまに隙間風のように感じる違和感。たしかに感じるそれに、遊矢は名前をつけることができなかった。



 そして2月ももう終わろうかという日、彼が、いや彼女が帰ってきた。
 腰まで届く銀の髪はつやつやと輝き、妖艶な美しさをもった顔のなかで金色の眼が強い意志をもってきらめく。グラマラスな身体は制服を着ていても目の毒なほどだ。

「よう、寂しかったか?ハニー」
 それでも目の前の美女は以前と変わらぬ様子で、ただし声は少し高いが、遊矢にそう言った。
 突然目の前に現れた玲に驚いて声も出せなかった遊矢はその言葉でやっと理解した。


 空白の正体を。


「――うん。 寂しか った。 たぶん 僕は玲がいなくて 寂しかったんだ」
「ははっ 嬉しいこと言ってくれんじゃねーか」
「でも、玲にしちゃずいぶん時間かかったねー。僕らが卒業するまでーとか 言ってても玲のことだからすぐに帰ってくると思ってたよ」
 にこにこしながら、それでも以前とは違う本当の笑顔で遊矢は話す。
「まぁ俺としても、すぐに遊矢に会いたかったんだが、『昼行灯』のばばあに捕まっちまってな。なかなか来られなかったんだ。俺としちゃー、バレンタインに来てプレゼントは俺vとかやりたかったんだけどな」
「玲ってばそんなこと言ったら雪ちゃんに蹴られちゃうよー?」
「はっ、俺が雪姫の蹴りなんかに負けるかよ。って、そういや雪姫はどこだ?」
「雪ちゃん?雪ちゃんは補習だよー。もう終わるころだから、これから迎えに行くところだったんだー」
「へぇ、じゃあ俺も挨拶しにいってやるか」
 そして二人は歩き出した。以前と同じように、以前とは違う姿で。


「あぁそうそう、言い忘れるとこだった。
玲、 おかえり」
「――ただいま」
そう言った玲の耳は夕日のせいじゃなく赤かった。


おかえり